私立美術館巡り~ポーラ美術館①~

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 ひめしゃらの樹々の梢が初夏の陽光を浴びて、風に揺れている。新緑が眩しい箱根仙石原小塚山のふもと、ひめしゃらの森の中にポーラ美術館はあった。エントランスに向かうアプローチブリッジの両脇の樹々は建物の全体を包み隠し、初めて訪れる人にはその先にスケールの大きな美術館が潜んでいようとは及びもしないかも知れない。それほどにこの美術館は自然の中に溶け込んでいた。
 「箱根の自然と美術の共生」と言うコンセプトで、2002年9月、ポーラ美術館は誕生した。ポーラの二代目社長だった故・鈴木常司氏が戦後40数年にわたり収集した西洋絵画、日本の洋画、版画、彫刻、東洋陶磁、ガラス工芸、化粧道具など総数9500点余のコレクションを公開するための美術館であったが、完成を待つことなく他界された。
 その膨大なコレクションが自然の光が降り注ぐ建築空間の中で展示公開されている。ポーラ美術館の企画展は、その膨大な収蔵コレクションを自然の光りが降り注ぐ建築空間の中でテーマを設け、年2回(3月と9月に展示替え)開催されてきた。2002年の開館記念は「光のなかの女たち」がテーマで、光り輝く女性たちを描いた印象派の画家たちなど、コレクションの全体を紹介する企画展であった。
 以後の企画展でも印象派の作品が多いのはコレクター鈴木常司氏の審美眼によるもので、ポーラ美術館の特徴は、西洋のモダンアートと日本の近代洋画の流れをコレクションで辿ることができることである。晩年の鈴木常司オーナーのもとでコレクションの収集をみてきた荒屋鋪透館長によれば、鈴木オーナーは「抽象よりも具象」を好んで収集したそうである。やさしさ、やわらかさ、子どもとか、親子とか、温もりのある作品に惹かれていたと言う。
 戦後から収集が始められた個人コレクションとして、その質、量ともに国内最大級のものと言えるだろう。
 ポーラ美術館は建物全体をすっぽりと森の中に埋め込んだ地上二階、地下二階の構造で、二階のエントランスからエスカレーターで降りていく風景は小塚山の胎内に導かれていく感覚である。そこが一階のアトリウムロビー。チケットカウンターやミュージアムショップ、森を望むレストランなどがある。
 更にエスカレーターで地下に降りていく。そこからがポーラ美術館のアートワールドである。地下一階の企画展示室では今年度の企画展「ポーラ美術館の日本画」が開かれていた。ポーラ美術館初めての本格的日本画展で、収蔵作品の中から約120点を一期・二期に分けて展示される。なかでも43点を数える杉山寧(1909 - 1993)の絵画コレクションは日本最大級のもの。展覧会は4つのセクションに分かれ、現代日本画への序章となる第1部「横山大観とその周辺」、コレクターが最も力を入れて収集した杉山寧を特集する第2部「杉山寧『純粋絵画』への道」、第3部「東山魁夷と日本画の叙情」、第4部「平山郁夫 源流を求める旅」から構成されている。日本を代表する画家の作品が大河の流れを辿るように展示されているのは美術ファンには魅力である。
 天窓から降り注ぐ陽光を浴びながら、更に地下二階へ降りていくと、ポーラ美術館のコレクションを展示する四つの展示室がある。西洋絵画、日本の洋画、日本画、ガラス工芸、化粧道具、東洋陶器が配置され、光ファイバーを利用した自然光に近い、鑑賞に配慮した照明によってそれぞれの作品が浮き上がってくる。
 ポーラコレクションの西洋絵画にはある種の温もりがある。バレエを習い始めた娘の髪を結ぶ母を描いたドガの「マント家の人々」、ルノワールの「レース帽子の少女」のふっくらとした少女のあどけない顔立ち、アルルカン道化役者に扮した息子を描いたセザンヌの「アルルカン」、おだやかな海辺に立つ幼児を抱いた母親を描いたピカソの「海辺の母子像」など、画家の優しい眼差しが溢れている。これはコレクター鈴木常司氏の眼差しでもある。風景画にもその温もりがあり、柔らかな陽光に輝くモネの「睡蓮の池」、アルル地方の明るい陽光と生命力に溢れた風景を描いたゴッホの「ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋」には、洗濯女たちの歌声が聞こえて来るような姿が描かれているし、スーラの点描画「グランカンの干潮」の夏の風景や、ピサロの「エラニーの花咲く梨の木、朝」の風景の生き生きとした光。人生も生活も異なった画家たちの、共通した優しさや温もりのある絵を丹念に収集したように思えてくる。
 日本の近代洋画では、フランス留学から帰国した黒田清輝の外光主義と呼ばれる戸外の光を取り入れた明るい色彩感覚の「野辺」や、岡田三郎助の「あやめの衣」は画家ラファエル・コランの影響を強く受けた傑作である。セザンヌの影響を受けた安井曾太郎、晩年のルノワールと親交を結び色彩画家となった梅原龍三郎など、フランス印象派やポスト印象派の影響を受けた画家の作品がコレクションの中心となっていると荒屋鋪館長は説明してくれた。
 日本の洋画では、鈴木オーナーが親交を深めた岡鹿之助の作品が17点あり、「岡さんの絵からは、澄んだきれいな音が聞こえる」と評し、飽きず眺めて楽しんでいたそうだ。日本画の最大のコレクションは杉山寧の作品で、日頃からの親交も厚く、「絵として必要な美のエッセンスしか描かない」と言う杉山の姿勢に共感した鈴木オーナーの審美眼に貫かれている。
 ガラス工芸や化粧道具などのコレクションも充実しており、時を忘れて美の桃源郷を彷徨うのも追われるように暮らしている現代人の楽しみかも知れない。
 一階のカフェで心地よい疲れを癒していた私に天窓からの爽やかな陽光が降り注いでいた。


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